先日、海外旅行を計画し、情報収集をしていました。そこで目にした言葉の数々に、正直驚きました。
「スリに気をつけてください」
「バッグは必ず体の前に」
「パスポートは腹巻きに入れて管理を」
海外にほとんど行ったことのない私にとっては、衝撃でした。
え?そんなに警戒しながら歩くの?そんなに常に危機感を持つものなの?
日本にいると、危機を想像するのは難しい
日本では、財布を落としても交番に届けてもらえることがあります。カフェで荷物を置いて席取りをする光景も、珍しくありません。もちろん事件はありますが、日常の中で「常に警戒して生きる」感覚はあまりありません。それは、とてもありがたいことです。でも同時に、「危機を想像する力」が鈍くなってしまう環境でもあるのかもしれない、と感じました。
人は「自分だけは大丈夫」と思ってしまう
人には正常性バイアスという心理があります。都合の悪いことや、怖いことを「自分には起きない」と無意識に思ってしまう心の働きです。
「まさか自分が被災するなんて」「うちは大丈夫」「まだ大きな地震なんて来ないでしょう」私も、どこかでそう思っていました。
大震災の1週間前に戻れるとしたら?
防災アドバイザーの高荷さんが、こんな問いを投げかけていました。
「大震災の1週間前に戻れるとしたら、何をしますか?」
その時に戻れたら・・・
水をもっと備えるかもしれません。
家具の固定を確認するかもしれません。
家族と避難場所を話し合うかもしれません。
きっと、何か行動をするはずです。では、なぜ今はしないのでしょうか?
コロナ禍の記憶
突然訪れたコロナの恐怖。マスクはどこにも売っていない。消毒液もない。買えたとしても高額。
あの時、「1週間前に戻れたら」と思った人は多いのではないでしょうか。
もしも今、あの直前に戻れるなら、私は迷わずマスクや消毒液を準備すると思います。
不安を煽りたいわけではありません
災害は来てほしくありません。できれば考えたくもないですよね。
ネガティブな話を聞くと、暗い気持ちになる方もいると思います。
でも、備えは「恐怖のため」ではなく、「安心のため」だと私は思っています。
余裕のある今だからこそ
災害が起きてからでは、できることは限られます。でも、何も起きていない今なら、
「少しずつ水を買い足す」「防災リュックを見直す」「家具の配置を考える」「家族で話し合う」そんな小さな一歩ができます。大震災の1週間前に戻れるわけではありません。
でも、今日という日は、未来から見れば、まだ何も起きていない1週間前かもしれません。
備えは、安心をつくる
私は整理収納アドバイザーとして活動していますが、防災も「暮らしの延長」だと感じています。
防災リュックは、押し入れの奥に眠っていませんか?いざという時、すぐ取り出せる場所にありますか?
備えは、持つことよりも「使える状態にしておくこと」が大切です。
余裕のある今のうちに、少しずつ、安心を積み重ねていきませんか?

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